選択の痕跡

音楽・テクノロジー・哲学

minan「ttyl」 - "スキマ"と"揺らぎ" -

lyrical schoolの才媛、minanのメジャーデビューソロEP「ttyl」について書いていきたい。
しかし、必要十分な内容は、つやちゃんのインタビューに盛り込まれている。なので未読の方は、まずこれを読んでほしい。

qetic.jp


つやちゃんがインタビューするアーティストはもれなくヤバい。
ここにまとまっている通り宇多田ヒカル、SMTK、崎山蒼志、甲田まひる、4s4ki、Dos Monosって、今圧倒的に面白いアーティストばかり。
ここにminanも名を連ねたというわけで、要はminanはやばい。そういうこと。

さて、つまり、ここからは蛇足になるわけだが、この作品に触れて思ったこと・考えたことを書いていきたい。

といいつつ、少し外れた話から。
自分は、音楽には正直でいたい。だから曲の感想については、正直に思ったことを書いておきたい。
つまり、はっきり言えば、今作は、どれも普通に良い曲だとは思うけれど、自分の好みにばっちし来たかというと、そうでもない。
もし他のアーティストだったら言及はしないかもしれないが、やはりこの作品には言及せざるを得ないという気持ちが強かった。曲以外の要素を合わせてこの作品をトータルで観てみた時に、めちゃくちゃに興味深かったからだ。
まず、各曲の感想を、簡単に書いておく。

Tell Me What You Want

songwhip.com

ベースは、クールかつ心地よいR&Bなのだが、一聴して明らかにそれだけでない。ところどころの違和感が凄い。
フックの急いた展開で、一気に情景や雰囲気が変わる点は、特にめちゃくちゃ興味深い。
普通はもう4小節入れるでしょう。面白い。

all-rounder feat. Rachel, valknee

songwhip.com

こちらもつやちゃんによる最高の鼎談なわけだが、この3人でこんな曲をやってしまうとは、しかもShin Sakiuraのトラックで。。。
この曲に関しては、リリックがあまりに良すぎて、リリック一つひとつに言及したくなってしまう。
このリリックを初めて聴いた時点から、minanの歌じゃんってなったわけで、とにかくグッときてしまったのだ。
ヒップホップやラッパーというのが、リアルであることに価値を置かれるのであれば、ここには、minanのリアルが最大限詰め込まれている。これまでの葛藤を楽曲という形で昇華した。そういう楽曲だと思うし、だからこそ、感動する。
(余談だが、このイントロでの会話はレコーディングの様子だと思うのだが、一瞬だけアップロードされたレコーディング時の動画は、もう見れないのだろうか。。。何か問題があったのだとは思うが、見ている最中に動画が非公開になるという稀有な体験をした。)

Dress Down

songwhip.com

秋元薫のカバー楽曲で、G.RINAプロデュース。原曲を知らなかったのだが、聴いてみたらめっちゃ良い曲。カバーとしてもminanの良さがしっかり出ていて良かった。良い意味で、全然違和感がなくて、曲を自分のものに出来ていると思った。

ttyl feat. kim taehoon

songwhip.com

キム・テフンが全面的に制作に参加した曲。全体的に心地よすぎるわけだが、「ttyl」って言葉を持ってきただけで勝ちだと思っている。
このモチーフ最高すぎるでしょう。
(そういえば、minanは東京事変が好きってどこかで書いていた記憶があるのだが、"3分"のワードは能動的三分間を思い出す。)


さて、ここからが最も書きたかった話。
この「ttyl」は、"スキマ"と"揺らぎ"が全体を貫く作品ではないかと思っている。

まず、"スキマ"について。
「ttyl」という曲について、上にも書いた通り、とにかくこのモチーフが最高だと思っている。
「ttyl」は、"Talk To You Later"の略であり、「また後でね」という意味だ。このバランス感覚が超良い。
よくあるのは、「この一期一会を大事にしたい」とか「必ずまた会おう」といった、今もしくは未来に、確実な何かを求めることだと思うのだが、
ここでは、そのどちらでもない、"スキマ"を縫った「またあとでね/それまでそれぞれの場所で」なのである。
こういう、有り体の、わかりやすい言葉をあえて避けて、スキマの言葉を紡ぐ態度を、作品を通して、他の曲にも感じる。
未来の不確実さに抗うわけでも、従属するわけでもない。受け止めつつも、かつ、信頼して期待する。自分にも相手にも。そういう態度がめちゃくちゃ良い。
何事も二項対立化してしまう現代において、この態度は最も必要なことでしょと思う。
この作品は、つまりはそういうことなのではないか。



こうして、"スキマ"の作品かと思って考えていたのだが、しかしそれはそれで、実は辻褄が合わないところが出てくる。
例えば、「ttyl」でのキム・テフンのヴァース。「いつか笑ってまた再開そう絶対」とあって、あれ?ってなってしまう。
minan自身の言葉でないからかとも思ったが、改めて全体を考えてみると、 "スキマ"の要素が軸となりつつも、そこに"揺らぎ"が散りばめられているのではないかと考えるようになった。
矛盾とも言えるかもしれないが、ちょっと言葉が強すぎるので、もうちょっと柔らかな"揺らぎ"だ。

最もそれが顕著に出ているのが、Rachel, valkneeとの「all-rounder」。
貫くメッセージはめちゃくちゃ伝わってくる。でも、細かく見ると、なんとなくボタンを掛け違っている感じもする。
例えば、めちゃくちゃ細かいが、フックのラストは「ちゃんとしなくたっていいの~。。。」と句点が三つ付くのだ。ここには、ちゃんとしなくたっていいんだというメッセージを明らかに発しつつも、自らがそこに葛藤を感じている様子が感じ取れる。"揺らぎ"があるのだ。
他にも、この曲のフックは全体的に言葉がはっきりしていなくて、曖昧で"揺らぎ"を感じる。でもだからこそ、人間らしい葛藤がそこかしこに見える。
人間って、そう綺麗に割り切れるものじゃない。1人の人間の中にも、矛盾したものは、たくさんある。そういう人間らしさが詰まっていると感じた。
そもそも、リリスク自体も、アイドルとヒップホップの狭間で"揺らぎ"ながら活動している存在だし、 minan自体も相当"揺らぎ"がある。だってこれで一応主体はラップアイドルで、このソロがサブ的な扱いって、初めてminanを観た人からすれば、逆じゃないかって感じがする。
または、ジャケットの力強い姿と「ttyl」というテーマにも何か"揺らぎ"を感じる。「ttyl」的には、笑顔で手を振っている絵のほうが、らしい気がするのだ。
または、インターネットサイン会を観ると、minanという人間が、ぱっと見はクールビューティーな雰囲気を纏いながら、チャーミングさを兼ね備えていることが良くわかる。
タクシーに財布は忘れちゃうところも、時間配分めっちゃミスっちゃうところも嬉々として写真を紹介するところも。ファンならもちろん分かっていることだが。
でも、だからこそ面白い。こういう、一筋縄ではいかないところが面白いのだ。

こういった"スキマ"や"揺らぎ"を抱えつつも、根本には、「ttyl」から分かるように、信頼と希望があること、そこが最高に良い。
ちゃんと信じている、信じようとしている。
12/4のライブで、あえてMCにて、

リリスクありきというか、リリスクをやっているからこそのソロデビューだと思うから、みんなが心配させるようなこともないし、グループ辞めちゃうんじゃないかとかも考えなくていいです」と明言。「ソロでやったこともリリスクに生かせたらいいし、それは私だけじゃなくて、hime、risano、yuu、hinakoそれぞれが一番得意な分野を伸ばせていけたらいいなと思います」

と、伝えることも、ファンもメンバーも、そして自分も信じている(信じようとしているが正しいかもしれない)が故の言葉だろう。
(記憶では、上のメッセージを「そんなこと思ってる人いないかもしれないけど」という言葉から始めていたと思う。そういうディテールがやっぱりこの作品のポイントだと思う。)


思考停止して有り体な未来を選ぶのではなく、不確実性のある未来をあえて選び、そこに対して自分が出来ることを精一杯やっている。
だからこそ、こういった言葉を紡ぐことが出来るのだろうと思っている。そして、これがminanらしさなのだろう。
この作品は、つやちゃんが、このツイートで言っていたことが完璧に的を射ていると思う。

「ttyl」は、minanという人間が、作品の隅々にまで投影され、浸透し、表現された、そういう作品だ。

参考

qetic.jp

www.asahigunma.com

natalie.mu