選択の痕跡

音楽・テクノロジー・哲学

2021.6 Monthly Best Songs

2021年6月に聴いた音楽をまとめました。今月から書き方を変えて、ちゃんと10曲に絞るのも、順位付けするのも、トラックとアルバム/EPで分けるのも、新譜に拘り過ぎるのもやめます。とにかく聴いた音楽で、良いと思った音楽を、なんとなくの流れを意識して、書いていくスタイルにしていきます。

6月は、宇多田ヒカルが凄すぎて、頭から離れず取りつかれた感じでしたが、改めて振り返ってみれば、曲単位で力強いものが多かったし、自分好みの音に溢れていたように思います。

  • Songs

BTS「Butter」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

5月にリリースされたBTSの新曲だが、BTSの名前と曲は、6月ずっと話題になっていたような気がする。大ヒットとなった「Dynamite」に続く英語曲として放たれたこの曲は、一聴して名曲って感じではない気がしていて、どうやら韓国内でも当初はリアクションがいまいちではあったようだ。メロディが弱いという話だが、この曲のポイントは、ビートになるのだろう。まさしくBTSが会見で言ったように、「バターのようになめらかに溶け込んで君を虜にする」ように、身体に沁み込んでいく曲であると思う。要は、一発で撃ち抜くインパクトではなく、繰り返し聴くことが出来る耳馴染みの良さを追求したのだろうと。この曲の音像の豊かさからは、まさにそういった考えが伝わるよう。BTSの活躍はまだまだ続くだろうことを強く感じることになった1曲だ。

news.yahoo.co.jp

dot.asahi.com

Japanese Breakfast「Slide Tackle」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

韓国生まれで、アメリカを拠点に活動するアーティスト、ミシェル・ザウナーのプロジェクトであるJapanese Breakfastによる4年ぶりのニューアルバム「Jubilee」より。BTSとはまた違った角度での耳馴染みの良さと心地よさに溢れた曲を。

Japanese Breakfastのことは今回のアルバムで初めて知ったのだが、アルバムが素晴らしすぎた。最初は何かの曲をシャッフルで聴いて、あー良いなーぐらいの温度感だったが、アルバムを通しで聴いてみたら、もうどの曲も笑ってしまうぐらい、ずば抜けて良い。というか、アルバム全体に通底するJapanese Breakfastのセンスとその音像が心地よすぎた。これは、色んな方の上半期ベストに登場するだけのことはある。

この曲の話をすれば、イントロから、少ない音を組み合わせつつ表現する世界観の中で、ミシェル・ザウナーの綺麗なボーカルは空に突き抜けるかのようだ。加えて、その音の少なさ故に、逆に、トラックもボーカルも射程の広さを感じさせる。途中から入ってくるブラスも、そうくるのかって感じ。この流れでここまでがっつりブラスのソロを入れてくるとは思わなかった。なんというか、余裕がある。そして、そこからさらに驚きの展開。単音リフが印象深い、フォークを感じさせるようなギターが前面に出てくる。こういうギターは久しく聴いてなかった気がする。最後には、ブラスに乗る形で、終始おとなしかったビートの力強さを打ち出してくるような展開も面白い。全体として非常に整った曲だとは思うのだが、一つひとつの要素を取り出して見てみると、驚きに満ちている。それをこの心地よさの中で表現するセンスに脱帽する。

mikiki.tokyo.jp

揺らぎ「Underneath It All」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

滋賀のシューゲイザー、ドリーミーポップバンドの1stフルアルバムより。Japanese Breakfastの来日アクトのサポートもしたことがあるというが、その心地良さとは全く違った側面からの、音の心地良さを表現した、まさしくシューゲイザー、ドリーミーポップである。その轟音はもちろん、轟音の中にきらめく一音一音の響きの純度が高い。これだけ強度の高い音楽が、日本の音楽シーンでもっと受け入れられていってほしいし、そうなったら、もっと日本の音楽が面白くなるだろう。そういった変化を引き起こす予感とポテンシャルは十分感じさせる。

sensa.jp

PEARL CENTER「clouds」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

4人組バンドの新曲は、この流れで聴いても全く引けを取らない心地良さがある。PAELLASのMATTON率いるこのバンドは、これまではMATTONのボーカルの印象が強かったのだが、この曲はYOUR ROMANCEのinuiのパートが多い。MATTONとは全く違う、起伏がなく平坦で、良い意味で日常の暖かさを感じさせるような歌。この曲を初めて聴いたときは、なるほどこういう曲もやるのだなと思いながら聴いていたのだが、この曲の神髄は中盤からのMATTONのパートだった。MATTONのファルセットは、あまりにドラマチックすぎる。あまりに綺麗すぎる。そんな歌を、inuiの歌との対比で突き付けてくるこの展開は、落差が大きすぎて、やられる。この落差こそが、まさにこの曲のエッセンスだった。

adieu「ダリア」

各種ストリーミングサービスへのリンク

女優、上白石 萌歌のアーティスト活動として、1年7か月振りにリリースされた2ndミニアルバム「adieu2」より。まずミニアルバムの5曲はどれもプロデュースのセンスが光る。全曲サウンドプロデュースをYaffleが担い、個々の曲については、君島大空、塩入冬湖(FINLANDS)、カネコアヤノ、古舘佑太郎(2)、そしてこの曲は小袋成彬が担う。はっきり言ってしまえば、めちゃくちゃに「小袋成彬」の色が前面に出ている曲だ。ビートの抜き差しから、コーラスの乗せ方から、言葉のはめ方も、何もかもに"小袋成彬らしさ"を感じる。

最後の恋と決めた
それを初恋と呼ぶのでしょう。

なんてラインは、宇多田ヒカルへの一つのアンサーになっているような気すらする。

こういう、"らしさ"は、小袋成彬が大好きな自分は全然良いのだが、adieuのファンとしてはどうなのだろうか。ただ、他の曲を聴いても、どの曲も"adieuらしさ"よりも、プロデュース側の色が強く出ていると感じる。これは、つまり女優として、作家の意思を最大限表現するという矜持が表れているのかもしれない。透明感溢れる歌声は、何色にも染まれる。可能性の塊でしかないのは確かだ。

そういえば。姉の上白石萌音は、このタイミングで過去の名曲をカバーしたアルバムをリリースしている。レトロ感を追求する萌音と、最新の音を追求する萌歌の対比が非常に面白くて、今後も楽しみだ。

www.fnn.jp

Little Glee MonsterREUNION

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

adieuもそうだが、最近は色々なところで"君島大空"の名前を見ることが出来るのが、非常に嬉しい。リトグリの新曲は、昨年12月からグループ活動を休止していた芹奈が復帰してリリースされた最初の曲だ。そういった意味で、おそらくリトグリファンとしては思い入れが強いのだと思うのだが、個人的にはとにかくプロデュース面に注目したい。作詞・作曲はSSWの高井息吹であり、そして編曲を君島大空が担当して、コーラスワークにも二人が携わったという。

一聴して、まず鼓動をイメージさせるような音使いに、君島大空を感じる。まさしく"REUNION"に相応しい音像だ。そして、このメロディとフロウのタイム感。こんな歌は高井息吹でしか聴いたことない。なんとも豊かな時間の使い方だ。一つひとつの言葉を、急がずに紡いでいく。この歌には、強い個性を感じる。もちろんここまでのクオリティで表現し切るリトグリにも脱帽だ。このタイム感は、地力がなければ絶対にやりきれない。紅白常連のアーティストが、こういう攻めた人選をして、そのアーティストらしい曲をやり切るということには、信頼感と希望を強く感じる。

realsound.jp

Galileo Galilei「星を落とす」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

ここからインタールード的に、旧譜を2曲。

BBHFがライブでGalileo Galileiの曲も多く披露したということで、改めてGalileo Galileiをちょこちょこ聴きなおしてみたのだが、やはり良い。BBHFもめちゃくちゃ良いのだが、やはりGalileo GalileiGalileo Galileiで、今聴いても、その良さは色褪せない。「星を落とす」は、Youtubeにいくつかバージョンがあって、これは2012年のバージョン。かなり若々しく、ボーカルの不安定さが気にはなるが、それでも曲の良さは際立つ。他のバージョンとして、全編打ち込みで、オートチューンがかかりまくったものもあってそれも良いので、是非聴いてみてほしい。(ちなみに、一番良いのは、ラストライブのバージョンであり、ここには貼らないが、Galileo Galileiとしての集大成として、研ぎ澄まされたアクトになっている。)

natalie.mu

the band apart「I love you Wasted Junks & Greens」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

バンアパの初期作品8タイトルがストリーミングサービスで解禁されたということで、もっとも王道であろう「Eric.W」も大好きなのだが、それよりも好きなこの曲を。ギターのリフの掛け合いと、ザクザクと刻むストロークが、全体のグルーヴを推進させつつ、盤石のリズム隊が曲を下支えする。この曲の楽器隊の絡み方が、今聴いてもかなり興奮する。

www.phileweb.com

STUTS, 松たか子, T-Pablow, Daichi Yamamoto, NENE, BIM, KID FRESINO, 3exes「Presence Remix」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

連続ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』のエンディングテーマとして、STUTSのトラックに松たか子のフックをベースに、週替わりでラッパー陣が登場するという、新しいフォーマットを見せた「Presence」シリーズ。こんなにチャレンジングな取り組みが行われて、地上波でその音楽が流れるということ自体がめちゃくちゃ良いが、その最後の締めとして、ラッパー陣大集合させて1曲作ってしまうなんて、最高だ。

細かいが、クレジットが個別の曲の登場順とは逆に名前が連ねられているという気づかいも素晴らしい。こういうところは、劇伴などにも参加した坂東祐大や、番組プロデューサーも含めて、このプロジェクトに関わる人々の関係性が素晴らしかったんだろうなと、各所に出ているインタビューを読んで感じた。最低限のミニマルな情報をもとに、かつ個々人のクリエイティビティへの信頼があった。その中で、関係者がコミュニケーションを適切にとって、皆が信頼に最大限に答えた結果、"偶然"出来上がったものであって、それが最高だった。今回の作品に流れるそういったストーリーが、ありありと見えてくる。(この曲と合わせてリリースされた、butajiが歌っているバージョン「Presence Reprise」も最高だった。軸は同じはずなのに、一つひとつの音が再構築されているかのように、違った響き方、聴こえ方がする。こちらも必聴。)

この曲について、少しだけ書けば、ラッパー陣の最後を飾るフレシノの締めのラインが、tofubeatsの「No1 feat.G.RINA」からの引用なのも、面白い。人と人の関係性が随所に詰め込まれた1曲だ。

少し暇そうにしてる君を連れ出したい

natalie.mu

fnmnl.tv

tofubeats「SMILE」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

そんなtofubeatsも新曲をリリースしている。tofubeatsの曲のモードは定期的に変わる気がするが、このモードが大好きだ。大好きだと簡単に言っていいような、そういう曲ではないのは承知だが、それでも、こういう温度感を曲として詰め込んで表現できるアーティストはそう居ない気がする。笑顔でいれば楽しいんですよ、良くも悪くも。そういう至極身近な話と向き合いながらも、遠くを見据えて進んでいこうとするその気概が、ひたすらに頼もしい。

そういえば、tofubeatsは、MUFGの亀澤社長と対談していて、めちゃくちゃびっくりした。カルチャーを背負うアーティストになりつつある気がする。

natalie.mu

KM「The Way (feat. C.O.S.A.) (Album Version)」

各種ストリーミングサービスへのリンク

今最も注目されているトラックメイカーは誰かといえば、KMだろう。毎週のように、彼の名義の曲を見かけるような印象があるぐらいの活躍ぶりだが、2ndアルバム『EVERYTHING INSIDE』も素晴らしかった。

どの曲ももちろん良いのだが、一番響いたのが、C.O.S.A.との1曲だった。ブラスが前面に出ていて、非常に印象的ではあるが、とにかくC.O.S.A.のラインの一つひとつが最高にクールだ。KMも言う通り「全部パンチライン」と言っても過言でない。小細工一切なし。そして真っ正面から、ストレートに転がり続ける岩のような力強さ。そんな清々しいラップを見せてくれる。tofubeatsとは違った色の頼もしさを感じる1曲だ。

ちなみに、KMのインタビューには、熱い話が随所にあり、非常に興味深かったので、必見。

prks9.com

ずっと真夜中でいいのに。「あいつら全員同窓会」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

ずとまよの新曲は、新作オンラインRPGPSO2 ニュージェネシス』とのコラボ楽曲。新プロジェクト「NO BORDER.」のメッセージ「NO BORDER. キミにしかなれない、キミがいる。」から着想を得たとのことで、このメッセージとの関連性も強く感じるリリックになっている。ラップとは違うが、多量の言葉を詰め込んだリリックは、ずとまよらしいなと感じる。シンプルに歌詞を見るだけで、その文字数の多さにビビる。内容については、もともとずとまよの楽曲には、自分らしくいることの大切さが込められたものが多いという印象だが、上記の経緯からか、この楽曲はその濃度がさらに濃く反映されているように思える。トラックも最近のモードを反映したような作り。ストリングスもこれでもかというぐらい贅沢に、ふんだんに使われていて、個人的にはちょっとやり過ぎ感もある。が、何度聴いても全体像が頭に入ってこないほど、自由で複雑な展開やリリックと相まって、情報量の過剰性が多面的に表現されているように感じ、これはこれで良いのかもしれない。

www.j-cast.com

長谷川白紙, 諭吉佳作/men「巣食いのて」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

情報量の過剰性と言えば、長谷川白紙も、ずとまよとは違ったアプローチからそういった表現を見せているアーティストだろう。この曲は長谷川白紙と諭吉佳作/menによる初のコラボソングだ。初だっけと思うぐらい、近い位置にいるアーティストたちではないだろうか。

イントロから、長谷川白紙節が炸裂する音使い。とにかくあちらこちらに謎の音が散りばめられつつ、組み合わせられつつ、何が何だかよく分からないトラック。まぁそれはこの二人の曲であれば、ある程度予想通りではあるわけだが、そこに乗る、二人のボーカルには驚いた。このカオスのトラックの中にあって、声が全く埋もれず、むしろ何か別世界を泳いでいるかのような聴こえ方をする。これは、二人のボーカルにカオスのトラックに全く負けない力強さがあるということだろう。比較的癖が少ない声ではないかと思っていたが、少し勘違いをしていたようだ。"癖が少なくストレートに耳に届く”というめちゃくちゃ強い癖がある、と言ってもいいのかもしれない。

中村佳穂「アイミル」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

最近歌が上手いなと思うアーティストが増えたような気がするが、中村佳穂の歌はそういうのとは次元が違う。そもそものエネルギーを莫大に抱えた歌を作るなと思うが、そのエネルギーの開放の仕方も普通じゃない。そういう歌を歌っている気がする。このポジティブ性にまみれたリリックと歌をそのまま飲み込めるかというと、なんかそういうわけではないのだが、それでもそれは些細な話だと思う。歌はしっかり届いてくる。それが良い

そして、その歌を支える音も流石だ。この歌にあって、強靭なものでなければ歌に潰されてしまうわけで、そういうことが分かっているからこその鳴り方をしている。ビート強めでシンプルな展開だと思ったら、なんだこのギターソロ。歌と音の相乗効果が凄まじいわ。中村佳穂の音楽を聴いていると、まだまだ音楽の可能性は拡がっているだなと思わせてくれる。

antenna-mag.com

宇多田ヒカル「PINK BLOOD」

www.youtube.com

各種ストリーミングサービスへのリンク

今月の最後は、この曲。この曲は、もう次元が違いすぎる。中村佳穂も次元が違うと思ったが、もう数段違う。トラックも、リリックも、歌も。しかも、つやちゃんによる、宇多田ヒカルの、そして音楽の本質に迫ろうとするミニマルな様相のインタビューまでもが良すぎた。今の日本の音楽シーンにあって、王座に座る資格がある人なんて、この人ぐらいだろうと思うが、その人が、この最後のパンチラインを歌ってしまったら、もう何も言うことがない。ここ数年で考えてみても、ベストトラックかもしれない。

王座になんて座ってらんねぇ
自分で選んだ椅子じゃなきゃダメ

www.billboard-japan.com