選択の痕跡

音楽・テクノロジー・哲学

2020.8 Monthly Best Songs

2020年8月にリリースされた曲・アルバム/EPから特に良かった10曲を選びました。
今っぽい音使いの曲が並びました。順位付けは難しかったので、推しにしました。まぁ多少はね。

  • Songs


10:Friday Night Plans「Kiss of Life」

www.youtube.com

2018年にボーカリストのmasumiを主体に活動をスタートさせた音楽プロジェクトから。
Honda「VEZEL」CMソングにも起用され、注目度を上げるアーティストで、その"今"を感じる音使いがとても印象的である。

今作は、SADEが1992年にリリースした楽曲のカバーということで、原曲を自分が知らなかったのだが、聴き比べてみると、Friday Night Plansのらしさがあふれたカバーになっていることがよくわかる。

原曲はまさしく80年代、90年代のソウルやファンクといった心地よさが前面に感じるが、今回のカバーからは、そういった色は隠されているように思える。
その代わりに強く感じるのが、音数の少なさ。ここまで音を削るのかと驚きするあるほど、ずいぶん思い切ったディレクションのように感じた。
相当な勇気というか、覚悟みたいなものすら感じてしまったが、ここまで音を削ったからこそ、引き立つ歌がまた良い。

こういう自らに引き付けた楽曲に仕立て上げることこそが、カバー楽曲の面白さだと改めて思った。

remarkable point:0:45~の、ここから盛り上がるかというところで、音のほとんどを切り、低音を中心に進行させる潔さ。

9:BIM「Jealous feat. KEIJU」

ラッパーBIMの2ndアルバム「Boston Bag」より、KANDYTOWNのKEIJUを客演に迎えた1曲。

全体的に、ちょっとレトロな雰囲気が漂う音使いが心地よいが、この曲はとにかくKEIJUのパンチライン
一箇所しか出てこないが、こここそがこの曲のフックだと自分は思っている。なんというか、凄まじく威力がある。
同じフレーズを2度繰り返すが、2回目を1オクターブ上げる。そこに乗るリリックのリズムとメロと、シンセのリフが完璧にマッチしている。エモさが爆発している。ここだけでも無限に聴けてしまう。
何度聴いても完璧なパンチラインだ。

I Don’t Even Know Your Name
全部夏のせい
But You Ain’t Gotta Cry Allday
今から拾いに行く

remarkable point:1:36~の、KEIJUのパンチライン。完璧すぎる。

8:Daichi Yamamoto「Blueberry」

www.youtube.com

最近名前を見ることが増えたラッパーの最新作より。 八村塁が出演したリポビタンDのCMに楽曲提供された「Splash」も良かったのだが、こちらを。

イントロから、シンセと低音の響かせ方が今っぽいなと思う。Friday Night Plansの音の使い方とも似ているように感じるのは、時代感か。音を少なくした結果、一つひとつの粒が引き立っている。特に、 全体的に低音がずっと動いていて目立っているのが、非常に面白い。


ラップの乗せ方も、なんというか、良い意味で特に何もいうことがなさすぎるほど。全編通して、スムーズかつ引っ掛かりもあり、デビューから2年ほどらしいが、すでにここまでの完成度とはという驚きがある。

remarkable point:終始動きまくり、鳴り続けるベース。キックとの絡み方もばっちりで、曲のグルーヴをエキサイティングに仕立てている。

7:Negicco「午前0時のシンパシー」

www.youtube.com

2003年に結成された新潟発の3人組アイドルユニットによる3曲入りEPの表題曲を。Negiccoと言えば、"楽曲派アイドル"という印象が強く、出す曲全部良い曲なイメージがあったが、今作もそのイメージ通りの出来栄えだった。

"午前0時のシンパシー"は、作曲が一十三十一、編曲がPARKGOLFというセンス溢れる人選の時点で勝ちだろう。スタイリッシュでタイトなトラックは、景色が見えてくるほど、洗練されている。
そこにNegiccoの正統派なボーカルが乗っかることで、良い曲にならないわけがない。
インタビューを見ていると、ファン的には"Negiccoらしくない"という評価のようではあるが、ちょっと距離のあるところから見ていた自分としては、今のNegiccoによく似合った曲だとすら思っている。
確かに、楽曲の雰囲気は違うのかもしれないが、長い間アイドル界で活躍し続ける彼女たちには、こういう大人な曲が似合うほどの風格が自然と出ているように思える。色んな"大人"な形があると思うが、"Negicco流の大人"を見せつけた1曲になっているのではないか。

remarkable point:これまでとは一味違った、"大人"のNegicco

mikiki.tokyo.jp

tjniigata.jp

6:ずっと真夜中でいいのに。「Ham」

www.youtube.com

いまだに実態は謎に包まれ続けているネット発アーティスト、通称"ずとまよ"の最新EP「朗らかな皮膚とて不服」より。

ずとまよの曲は、アレンジの妙に強い興味を持っている自分としては、この作品はちょっと好みとはずれるかなと思っているが、その反面、このユニットの中心人物であるシンガーソングライターACAねの"歌"がとても気になった。
それは、良い意味の話だ。これまでも歌うまいなぁとは思っていたし、そういう記事もあって確かにそうだよなと考えていたが、このアーティストの軸はそこではなく、トラックやアレンジの面白さにあると考えていた自分としては、"歌"は正直二の次だった。
それが、今作、特にこの曲を聴いて、ちょっと考え方を変えざるを得なくなった。

アレンジがシンプルだとは思わない。随所に耳を引くようなフレーズがあったりするのだが、それでもこの曲は明確に"歌"が軸として、中心に据えられている。そういう心意気を強く感じる。
特にフックは、ダイナミックなメロディに、切迫感ある声色が乗り、表現される世界観に、感情が持っていかれる。 正直ここまで歌えるとは思っていなかった。最後のフックで、ハイハットやいろんな音が畳み掛けてくる展開も、あくまで歌の付随である。これはちょっと無敵感すらあるなと思ってしまった。

ずとまよ強い。

remarkable point:ACAねの"歌"。その一言に尽きる。

5:羊文学「砂漠のきみへ」

www.youtube.com

リリースする度に進化が著しい3人組ロックバンドの配信限定シングルより。"Girls"も良かったのだが、こちらを。


Suchmosが所属するF.C.L.S.からのメジャーデビューも発表され、12月はアルバムもリリース予定とのことで、飛ぶ鳥を落とす勢いの羊文学だが、今作を聴いても、その勢いは止まることを知らないなと感じる。

いつからか、羊文学は一気に表現力を上げたなと思っている。決してめちゃくちゃ分かりやすいエモーショナルさみたいなものがあったりするわけではない。でも、塩塚モエカの歌も、音の重ね方も、決してやりすぎず、やらなすぎず。そういうバランス感覚の中で、ふと出てくる感情みたいなものが、凄くリアルに感じられるのだと思う。
全編通して、やさしく、語り掛けるように、歌い上げられるこの曲は、アウトロをギターソロで締めている。シンプルな、シンプルすぎるようなギターソロが故に、音の一つひとつの強さが際立つ。こういうシンプルなギターソロで勝負できるバンドがいることに、心強さみたいなものを感じる。


remarkable point:アウトロのギターソロ。ここにこの曲の感情が詰まっているような気がする。

www.cinra.net

4:Guiano「あの夏の記憶だけ」

シンガーソングライターGuianoによる配信EPより。 Guianoについては、今回初めてしったのだが、元々ボカロPとして、1st Album「Love & Music」をリリースもしているが、2020年からはボカロPとしてではなく、自らマイクを取って歌うことを選び、シンガーソングライターとして活動を始めたようだ。

イントロから、凛々しく声でドラマチックな歌をうたうアーティストだなと感じて、声はamazarashiに似た部分もあるなとか思っていたが、まさかの展開。
曲の世界観を壊すギリギリの線で、過剰なまでの電子音をぶち込んでくるのだ。これには正直笑ってしまった。マジかという感じ。 歌を聴く感じ、本当にポップスとしても全然行けるので、その路線かとおもいきや、この曲はエレクトロであり、そこが真髄でもあるのだろう。

こういう、ある意味"歪さ"とも言える展開は、ボカロPをやっていた影響もあるのだろうか。音楽にはこういう驚きもなくちゃね。こういう"歪さ"、最高です。

remarkable point:イントロの優しい歌から、0:45~の衝撃の展開。

music.fanplus.co.jp

3:Attractions「Fabulous, Infamous & Dangerous」

博多発の4人組ロックバンドによる、メジャーデビューアルバム『POST PULP』より。
彼らの音源は、これまでもちょこちょこ聴いていて、面白いバンドだなという印象があったし、今っぽさとは一線を画した音像がとても興味深かった。
その印象は、今作、特にこの曲で一気に確固たるものとなった。

まず、アートワークから分かるように、彼らの曲には、そこはかとないレトロ感というか90年代感が全体を通して、節々から溢れ出ている。
しかし、そこには決して古臭さはない。今の視点から、彼らのセンスで組み上げられた音像に仕上がっている。
そこにダンサブルという要素が合流することで、めちゃくちゃに踊れる曲に仕上がったのが、この曲だ。

ふと、夜道を歩いていた時に聴こえてきたこの曲が、とにかく踊れた。歩きながら踊ったぐらい。
"踊らせる"ことに、とにかく拘ったように、音の一つひとつが聴こえる。特にドラムのグルーヴが最高だ。スネアの音が、リズム的にも音域的にも"ここ!"を射抜く心地よさが素晴らしい。


コロナ禍で、"踊る"機会がめっきり減った中で、ここまでダンサブルな曲は本当に久しぶりに聴いたし、こういう曲をこの状況でも出せるバンドの心意気が良いなと思った。

remarkable point:Bメロのドラムのリズム。1番と2番ではちょっと変えてくる辺りが憎くたらしくて、とても良い。

natalie.mu

realsound.jp

2:三浦春馬「Night Diver」

www.youtube.com

三浦春馬の2ndシングル。2016年に解散したロックバンド・HaKUのボーカル&ギターだった辻村有記が、作詞・作曲・プロデュースを手がけたという点は、個人的にHaKUも好きなバンドだったので、興味深い。

最初に聴いた時に、トラックも歌も完璧じゃないかと思った。
トラックは、現行のモードを踏襲しながらも、単純なEDMでは終わらせない。心地良いシンセとベースが、トロピカルと夜の雰囲気を絶妙な塩梅で織り交ぜて、表現している。一つひとつの音の重なり方もバランスがよく、ごちゃっとせずに、音が立っている。欲しいところに欲しい音がちゃんと来るというやつ。この辺りはプロデュースの妙か。

そして歌。役者の歌は、ハマると本当に素晴らしい。言葉がちゃんと歌に乗っている。言葉に力がある。随所で多様に重ねられたボーカルによるハーモニーも綺麗で、そこで生み出される揺らぎが、曲の物語にも、音自体にも深さを作り出している。そして、フックの三連符の畳み掛けで、さらに一段とギアが上がる。
決して単純な言葉の発し方とかそういうレベルの話ではない気がする。彼が、「Night Diver」という劇の中で、主演という役を担い、そこで何を表現したのか。そういうことなんだと思う。

remarkable point:Cメロ。リリックも、展開も、フロウも、一段と夜深く潜っているように感じる。

realsound.jp

bunshun.jp

1:lyrical school「YABAINATSU」

最近イチオシのヒップホップアイドルの新曲を。最近は「キング・オブ・アイドルラップ」というワードを好んで使うほど、そのドープさは極まりつつある。

この曲は「YABAINATSU」と言うその名の通り、ひたすらにヤバい夏ソングである。risanoによる英語での曲名を掛け声に幕を開けるわけだが、それも、「YABAI SUMMMER」である。日本語の"ヤバい"は英語に翻訳しても"YABAI"というわけだ。それほどに、この曲にはいろんなヤバさが詰まっている。

曲調としては、最近のリリスクのモードであるトラップをベースに、トロピカルな装いをまとった感じだが、なんか色々とカオスである。
yuuとhinakoの語彙力のなさが癖になる「夏ヤバいね」というハモリから、すでにカオスの様相。そして随所に入れられた謎のサウンドや、楽し気なメンバーの合いの手、強引ながら癖になる展開も、とにかくヤバい。ちなみハイハットが一切入ってないというのも、めちゃくちゃ興味深くて面白い。

各メンバーのヴァースは、一つひとつにメンバーの個性が染み込んでいる。好きなラインはたくさんあるのだが、特にhimeのヴァースがこの曲の中で特に良い味を出していると思う。派手なラップをしているわけではなく、シンプルなラインが多い。しかし、それが逆に、色々とカオスな楽曲との対比で、曲全体を引き締めているように感じる。

作曲者の一人であるアナの大久保潤也もTwitterで言及しているが、とにかくヤバい曲だし、夏の名曲のサンプリングもあるので、探してみると面白いだろう。

最後に、ちなみに先日リリスクは結成10周年記念のトークライブを行っていた。その中で振付師の竹中夏海が、今のリリスクに対して、普段の生活では交わらなそうな、それぞれ違った個性を極めているこの5人は、アベンジャーズのようだというニュアンスの発言をしていて、まさしくだなと思った。
このカオスな楽曲が成り立つのも、今の5人のそれぞれの個性が、曲に負けないぐらい際立っていて、それらがしっかり良い方向に組み上げられているからだと思う。
やはり今のリリスクは非常に面白いので、要チェックだ。



remarkable point:多方面に詰め込まれた"ヤバさ"。何度聴いても、なかなかにカオスだと思う。

youtu.be

この曲はYoutubeのリモートフリーライブでも聴くことができる。音源とは少し違った要素もたくさんあり、聴くと印象が変わるだろう。何よりもメンバーのひたすらに楽しそうなパフォーマンスが最大の見どころなので、ぜひ。

  • Albums/EPs


Daichi Yamamoto「Elephant In My Room」

上にも書いたが、「Splash」もめちゃくちゃ良かった。全体的に完成度が高い。

Negicco「午前0時のシンパシー」

3曲目の「Sneakers!!!」は、CRCK/LCKSの小田朋美が作詞、作曲connie、編曲・演奏をCRCK/LCKSという激アツ布陣であり、こちらの曲も最高に良いので、要チェック。

蓮沼執太フルフィル「フルフォニー|FULLPHONY」

蓮沼執太が絡む曲はどれもこれも見逃せない。

Guiano「あの夏の記憶だけ」

全体的にポップの中に、過剰な音が飛び込んでくるアンバランスさがとても面白い。

ずっと真夜中でいいのに。「朗らかな皮膚とて不服」

「マイノリティ脈絡」が至高だと思っている自分としては、物足りなさも感じつつも、ACAねのボーカルが全編通して素晴らしい。

米津玄師「STRAY SHEEP」

アルバムとしては、うーんと思う部分が強いのだが、やはり「海の幽霊」はめちゃくちゃいいし、セルフカバー群の原曲からガラッと変わった雰囲気には驚かされた。