選択の痕跡

音楽・テクノロジー・哲学

YOASOBIは、デジタル時代に寄り添って、デザインされたアーティストだという話

音楽のヒットはかなり大部分を、運の要素が占めると個人的には考えている。幾度となく繰り返されるヒット曲に関する分析は、どれもこれも純粋な結果論に過ぎない、あまり意味のないものだとすら思う。
だからといって結果論で分析することに全く意味がないとは思わない。そこから見えてくることもあるはずで、まさに2020年におけるYOASOBIの爆発的ヒットについては考える価値があるという直観がある。おそらく、もうしばらくすれば、ビジネス畑からYOASOBIを語る話が多くなるだろう。そこで、改めて自分の中でも確認して、簡単に考察しておきたい。


自分の至った結論を先の書いておけば、このデジタル時代おいて、そこに見事に寄り添った形で、デザインされたアーティストがYOASOBIだということだ。



YOASOBIに関する基礎情報は他にたくさんあるのでそちらに譲る(柴さんの記事を読めば十分だろう⇒「夜に駆ける」でブレイク真っ只中のYOASOBIとは何者か)として、まずGoogleトレンドで、人気度の変遷を簡単にみたい。

個人的には意外だった。Googleトレンドから読み取れるのは、この1か月程度で、本当に一気に人気が出たということだ。
個人的にYOASOBIを知ったのは、安定と信頼のReal Soundにおけるバイラルチャート分析だったのだが、その周辺での検索数は、ここ1ヶ月のボリュームから見れば微々たるものでしかなかったようだ。

そうなると、やはりなぜここまで爆発的な人気に至ったのかという点が、個人的にはなかなか腑に落ちない。最近色んな分析記事があり、その一つひとつになるほどと思うところがある。例えば、「ラジオで特集したYOASOBI、その流行の理由4点プラスαを自分なりに考えてみる」は自分があえて書かなくてもこれで十分だろうと思うほど分かりやすくポイントがまとめられているし、「最近の邦楽についていけない人の為に文脈を解説する ―ずとまよ・YOASOBI・ヨルシカ―」は自分が全く知らないボカロにおける文脈からのYOASOBIが解説されていて、非常に興味深かった。
それらを踏まえて、彼らの人気の理由を、改めて自分なりに考えてみた。そこで気づいた点は、最近ビジネス周りで流行りのデジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)と言った話と、このYOASOBIの人気は関連性があるのではないかということだ。(自分は職業システムエンジニアであることからこの着想に至った)
すなわち、ポイントは、「プロジェクト・エンゲージメント・指数関数」という3つのキーワードだ。

まず「プロジェクト」。ずっと言われていることかもしれないが、これからはプロジェクト的な仕事が主流になってくる。これまでの日本企業的な考えでは、部署で仕事が明確に分かれていたが、これからはその境目はどんどん曖昧になる。会社間の境界線すらも曖昧になり、あくまで一つのプロジェクトとして、会社も部署も関係なく、仕事が進められる。
音楽業界では、HipHopの人気が高まりつつあり、客演を迎えてフューチャリングをしながら作品を作り上げていくことも目立つようになったり、1人のアーティストが複数のユニットに所属することが増えているように感じることも、プロジェクト的な仕事の進め方が浸透しつつある表れではないかと考える。
そのうえで、YOASOBIは明確にプロジェクト的なユニットだ。彼らは公式サイトによれば"コンポーザーのAyase、ボーカルのikuraからなる、「小説を音楽にするユニット」"である。厳密な意味でのプロジェクトには面倒な定義がいくつもあるのだが、そこは一旦置いておくとして、"小説を音楽にする"という明確な目標があったうえで、結成されたユニットであるという点は、特徴的であり、音楽業界におけるプロジェクト的な仕事の在り方の一つだと考える。
また、その結成方法もまさにという形だ。インタビューにあったが、彼らは「小説を音楽にするユニット」をやりたいという話を、ボカロPのAyaseが、彼の曲をたまたま聴いたスタッフから受け、そこからAyaseがInstagramでikuraに声をかけたことから始まっている。プロジェクト的な仕事では、このように予期せぬところから話が生まれていき、そこから想像もしなかった化学反応が起きていくのだ。

続いて、「エンゲージメント」。こちらも個人的には最近よく聞くワードである。デジタル化が進んでいる現代において、人と人との関わり方は昔とは変わってきている。その中で人々の生活に根付いてきたものが例えばSNSだろう。そして、アーティストにおいて、ファンとどのようにエンゲージメントを築いていくか、それを強めていくかは、これまでもこれからも重要であるが、その手法も少しずつ変わってきている。適当に"エンゲージメント デジタル"とかでググれば、こんな記事も出てくる
そんな中、新型コロナというブラックスワンが発生した現在において、リアルな関わり合い方は、強制的に退場させられてしまった。この状況においては、どんなアーティストもデジタルを活用して、ファンとのエンゲージメントを繋ぎとめるしかない。
そんな中で、YOASOBIは、エンゲージメントを繋ぐ戦略として、デジタルに全振りしたことが、この人気の一つの要素になったのではないかと考えてみた。
エンゲージメントという点は、上述の「ラジオで特集したYOASOBI、その流行の理由4点プラスαを自分なりに考えてみる」、そしてそこから参照されている記事内でも指摘されている。スタッフによる、こまめなSNSへの投稿、そして一般ユーザのツイートを拾ってお気に入り登録する等の取り組みは、ライト層のファン化に大きく貢献しているのではという指摘はまさしくだろう。(ちなみに、後者のいわゆるエゴサーチは、アーティストやバンドにはあまり見られないように思えるが、アイドル界隈では比較的良く見られる取り組みだろうと思う。)
しかし、これらは正直、意外と面倒なはずだ。それでも、これだけ人気になっても続いているのには、リアルイベントをやるつもりがまだあまりないという点が、一つのポイントではないかと思う。例えば、ライブをやるとなれば、準備・宣伝その他諸々、かなりのリソースが取られるはずだ。しかし、彼らは形態的にライブという感じでもない。加えて、この状況下だ。そこを逆手に取り、デジタル主体の戦略に集中することを選んだのではないだろうか。(この辺りはボカロ界隈の文脈を継いでいることも良い方向に導いたように思える。ちなみにTV出演はまたちょっと別だろう。)
ライブのようなリアルイベントは、ターゲットは物理的な制約からかなり絞られる。一方、デジタルの世界であれば、基本的には誰もが平等だ。リアルを主戦場していたものが付け焼き刃的にデジタルを手を出しても、デジタルを主戦場にしていたものには到底かなわない。しかも、外出が制限され、ネットに触れる時間が圧倒的に増えているこの特殊状況下。これは、意外と大きなポイントだったかもしれない。

最後に「指数関数」。これは安宅和人氏の著書「シン・二ホン」や、ブログにもある内容であるが、これからのデジタルな社会では、リニア的な変化ではなく、指数関数的な変化を見せていくために、これまでと考え方を変えて、我々は指数関数的な思考を持たなければ、世界を読み違えるという内容だ。確かに、ここ数年で我々が扱うデータ量は感覚的にも爆発的に増えている。
その状況の中で、まさにYOASOBIは指数関数的な人気の爆発を見せている。上述のGoogleトレンドもそうだが、もっと分かりやすいのはSpotifyの再生回数の推移だろう。以下の記事に、まさしくのデータが掲載されている。とても分かりやすいので、引用させていただきたい。

face.hateblo.jp

f:id:shogomusic:20200621024313p:plain 出典:Spotifyで日本歴代最高のデイリー再生回数を記録したYOASOBI「夜に駆ける」、その勢いに影響を与えたものとは - face it http://face.hateblo.jp/entry/2020/06/10/064153 より引用

黄色の線がYOASOBIだが、とんでもない上昇率だ。序盤こそ緩やかな上昇であったものの、たった数週間で、今日本で最も聴かれている音楽かもしれないOfficial髭男dismやKing Gnuの再生回数を超え、いまだにその再生回数は衰える気配が見えない。(【ビルボード HOT BUZZ SONG】YOASOBI「夜に駆ける」が4連覇 yama「春を告げる」が初のトップ10入り 2020/6/20
これが、デジタル時代における指数関数的な世界だ。デビューしてまだ半年程度のアーティストが、たった数週間でこれだけの偉業を成し遂げることで、その世界を体現して見せた。


改めて結論に移る前に、後出しだがもう一つのポイントに触れておく。ここまで一切話に出していない、その音楽性についてだ。キーワードは「物語」。
正直に言って、音楽自体に強烈な驚きがあるかといえば、そうは思わない。昨今の流れに乗って、情報量が多くて、キャッチーな音楽だなとは思う。
ただ、そこには、"物語を紡ぐことを通して、音楽としての必然性が明確にある"と感じる。
良い音楽というのは、とどのつまり、その音楽にどれだけ必然性があるかではないかと考えることがある。まぁこの考え方が正しいとは自分自身もまだ思えていないが、音楽が広く聞かれるか否かの一要素では確実にあると思う。
そして、音楽に必然性を持たせるものが、"物語"だと思う。"物語"が語られる音楽は、その音楽以上の情報量を持ちうる。しかし、どうやったって、音楽だけでは"物語"を表現しきれないからだ。それでも我々は想像力を持って、たった数分で表現された世界に対して、表現された以上の"物語"を勝手に描き出す。そこでは、一つひとつ音や詩に、聴く人それぞれの意味付けが行われる。そうやって、その音楽を聴く必然性が生まれていくのだと考えている。
そういった音楽はこれまでももちろんあった。「YOASOBI、ボカロ文化と繋がる「物語音楽」の新たな才能の真髄」にもある通り、例えばSound Horizonや、「カゲロウプロジェクト」のようなボカロ、最近だとヨルシカみたいなアーティストもいるが、それらは"物語音楽"という一点で強く繋がっている。(個人的には、思い入れの強いBUMP OF CHICKENが、この文脈の大きなマイルストーンだったのだろうと思う。)
しかし、YOASOBIはその系譜において、"物語"の純度をこれまでにないレベルまで高めて表現しようとしている。なにせ「小説を音楽にする」と言い切るのだ。ここには、音楽にこれまで以上に必然性が宿るのではないか。

「プロジェクト・エンゲージメント・指数関数」、そして「物語」。これらのキーワードから、彼らは、明らかに今の時代のアーティストだ。このデジタル時代に見事なまでに順応しているし、そこに対してのアプローチも見事だ。一つひとつの要素が綺麗に組み立てられている、これこそが今の時代に求められるデザインだろう。
YOASOBIは、時代に即した素晴らしいデザインを描いたからこそ、時の運に過ぎない、ヒットを手繰り寄せたのかもしれない。


最後に、ここまで書いてきた内容がある程度まとまったところで、以下のインタビューを見つけた。
自分の結論は、YOASOBIは明確にデザインされたアーティストであり、程度の差こそあれ、ここまでのヒットに至る道筋もそれなりにデザインされたものだったのだろうと思っていた。
しかし、ここまで書いておいてなんだが、それはもしかしたら違うのかもしれない。。。まぁ別に合っているか否かは大した問題じゃないだろう。こういう見方もあるということ、それ以上でもそれ以下でもない。
それよりも、ぜひ、2020年を振り返った時に、このヒットはなんだったのか、本人や裏方のソニーミュージックのスタッフのお話も聴いてみたいものだと思う。

ふくりゅう:第1弾の楽曲「夜に駆ける」が今年の1月にSpotifyのバイラルチャートで跳ねたのは狙い通りだったの?
Ayase:いえ、僕自身バイラルチャートがどういうチャートなのかよくわかっていませんでした。
ふくりゅう:マニアックっちゃマニアックな領域ですからね。SNSでの拡散を指標とした、ストリーミングサービスでのチャートという。
Ayase:プロモーションとしてサブスクをどう使うかまでは、僕自身は予想できていませんでした。結果論ですよね。ありがたいことなんですけど。それこそ、スタッフのおかげ(ちらりとスタッフを見る)?
スタッフ:いえいえ、あのタイミングでバイラルチャートでランキングが上がるとは思っていませんでした。

music.fanplus.co.jp


■その他参考

www.youtube.com

夜に駆ける

夜に駆ける

  • YOASOBI
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