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『Learn or Die 死ぬ気で学べ プリファードネットワークスの挑戦』はただの会社や事業の紹介に留まらない、"本質"を語った本だと思った話

『Learn or Die 死ぬ気で学べ プリファードネットワークスの挑戦』を読んで、考えたことを残しておきたい。この本は、単なる会社や事業の紹介に留まらない、"本質"を語った本だった。



Preferred Networks(プレファードネットワークス/略称PFN)は、最先端の技術を最短路で実用化することで、これまで解決が困難であった実世界の課題解決を目指している。

という文章で幕を開ける本書は、PFNが「何をしているかよくわからない会社」と言われる機会が多かったために、企業からこれまでの経緯や、コア技術である深層学習の紹介、組織運営や資本政策について、そして、PFNの未来について、代表取締役社長 西川徹、代表取締役副社長 岡野原大輔の2人の著者がまとめたものだ。

この本は、PFNが強みとして持つ、いわゆる「AI」に関する話が主に出てくるのだが、一読して感じたのは、この本は巷によくある「AI」でバラ色の未来を語るものではなく、徹底的に考え、現在から地続きで、現実的に「AI」で作り出せる未来を語っているということだ。
つまりAIなら、こんなにすごいことが出来る、という内容ではない。しかし、今のAIの現状を丁寧に記載し、出来ること・出来ないことをしっかり明示したうえで、この延長線上に可能性のある未来を描いているのだ。そういった意味で、決してAIの普及で人間が不要になるとも言わない。
日本で最も技術力のある企業とも言えるだろうPFNほどの企業が、ここまで謙虚に、現実的にAIの未来を考えているとは、少し驚きではあった。いや逆に、技術力があるからこそ、技術で出来ること出来ないことをはっきりと見つめることが出来るのだろう。

この話だけに限らない。とにかく、一つ一つの取り組みや考えが、非常に論理的なのだ。ファナックとの出会いからロボットに興味を持ち、現在に至るまで、パーソナルロボットに注力していることに関する経緯も非常に納得できる。
しかし全てを論理で決めているわけではない。あえてリスクを取ることももちろんあるし、これまでの経緯では運の要素が多かったとも語っている。そういった部分から、論理と感覚のバランスが非常に良いことが感じられる。 専門性を追求するだけでなく、複数の専門性を推奨するという話や、人事評価も定量化できるもの以外も大事にしているという話は、まさに論理と感覚のバランスがとても良いと思った例だ。

特に印象的に残った話は、PFNは絶対に成功するとわかっているような取り組みには興味がない、失敗を推奨し、成功率10%の課題に挑み続ける、というものだ。絶対に成功すると分かっている領域には興味がないとまで言い切る。ここまで言い切ることは、少なくとも日本の大企業には出来ないだろう。
しかし、ここでも盲目な考えでは全くない。今の技術では難しい、解けそうにない問題は無数にあることが前提になっている。その前提で、問題が解けるようになるタイミングをPFNは慎重に見極めているのだ。とても現実的で、合理的な取り組みではないか。解けない問題には取り組まず、解ける問題に注力して取り組むという内容は、名著「イシューから始めよ」でも語られた内容であり、常識的とも言えるかもしれないが、言うは易く行うは難し。果たして、ここまで徹底的に考えて、実行している企業はどれだけあるのだろうか。

イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

  • 作者:安宅和人
  • 発売日: 2010/11/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


成功率10%の課題に挑み続けるという話には、技術で圧倒的に差別化をするという考え方が根底にあるのだろう。なぜなら現段階での技術で勝負をしても、お金の勝負になってしまえば、資本力を持つ大企業にはかなわないことを分かっているから。現在すでにプラットフォームや大きなユーザ基盤を持っているGAFAのような企業は、有望な投資先が見つかればいつでも参入し、大きくシェアを奪う。普通に考えて、順当に実現できそうなことは大手がやるのだ。だからこそ、PFNは、「穴」を突くのだと言う。
圧倒的技術力を持つPFNだからこそ、その技術力が大きな武器になることが分かっているし、技術力ではかなわないこともあることをしっかり自覚している。
スタートアップが勝つ道はこれしかないのだという。たしかにスタートアップは特にそうかもしれないが、これはスタートアップに限った話ではないと思った。GAFAが世界を席巻する今、どんな企業であっても、「穴」を突く考え方は必要だと思う。この考え方から生まれるものこそ、いわゆるイノベーションなのではないか。

色々と書いたが、PFNはとにかく最初の文章にあったビジョンを実現するために、本当に徹底的に考えていると感じた。そこに甘えや妥協が一切ない。この本の文章には、表面上の熱量はそれほど感じないが、文章の奥には、秘められた大きな熱量が渦巻いており、とてつもない気概を感じる。
わかりやすい仕事のテクニックや学びが欲しいのであれば、巷に溢れる自己啓発本のほうが絶対に良い。そういったことが書かれている本ではない。
ただ、物事の本質を学びたいのであれば、この本に書かれている全てから、とても多くのことが学べるだろう。

最後に、タイトルに戻りたい。この本のタイトルにある「Learn or Die 死ぬ気で学べ」についてだ。2018年に公開されたPFNの4つの行動規範のうちの一つである。
この本を読み終わった時に考えたことは、「なぜ、一見すれば挑発的とも取れるこの言葉がタイトルに使われているのだろうか?」ということだ。
本文中でも少し触れられているが、代表取締役社長であり著者の西川徹氏が4つの行動規範のうち最も好きだからタイトルにしたと考えるのが、最も妥当だろう。
しかし本当だろうか?もっと深く考えなければいけないのではないか。勝手にもう少し妄想してみる。

本文中では教育に対する重要性についても書かれており、PFNとしても教育の枠組みで行っている取り組みがある。そして行動規範にある通り、学びについても折について様々な文脈で触れられている。
そう考えると、我々はPFNから各々が解決可能な問いをかけられているのではないか?
「Learn or Die 死ぬ気で学べ」は意訳だと思ったので、あえてGoogle翻訳をしてみる。「死ぬ気で学べ」は「Learn to die」らしい。しかしタイトルは「Learn or die」。これを翻訳すると「学ぶか死ぬ」なのだ。学ばないと先はないぞ、そう言っているようにも思える。
他人にはあまり興味がないという西川徹氏の言葉もあり、確かにPFNはPFNがやりたいことをやっていくのだという姿勢からは、あまり周りがどう考えるかには興味がないのかもしれない。
しかし、このタイトルは、日本の未来がかかっているともいえる最先端の技術を有する企業から、日本全体に対して、これからの社会を生きる上での重要なアドバイスなのではないか。果てしてそう考えるのは考えすぎだろうか。