選択の痕跡

音楽・テクノロジー・哲学

クラシック音楽小説『蜜蜂と遠雷』を読んで、社会のリアルを考えた話

2016年に文庫化され、2017年には第156回直木三十五賞、第14回本屋大賞を受賞した、恩田陸の小説「蜜蜂と遠雷」を読んだ。

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

 

今年の10/4には映画化が決まっていたり、「読書という荒野」でも紹介されていたので、ずっと読もうと思っていたのだが、687ページという長編が故に、積読状態で今まで手が出ていなかった。
しかし、GWにちらっと読み始めた結果、1日で読み切ってしまった。
それほどの、熱量のある小説だった。

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読書という荒野 (NewsPicks Book)

読書という荒野 (NewsPicks Book)

 

 

簡単にあらすじを。
舞台はクラシックのピアノコンテスト。
参加者はプロとして活躍する未来を夢見て、この日のために血の滲むような練習を重ねてきている。
その中でフォーカスを当てられる4人。
突如現れた異能の天才肌、風間塵(じん)。
消えた天才少女、栄伝亜夜。
会社員として働きながら、最初で最後と覚悟してコンテストに参加する、高島明石。
エリートの道を突き進んでいる優等生、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール。

それぞれが抱えた、それぞれの物語を経て、ピアノを通して、その人生を音楽に昇華する。
若者の葛藤も描かれながらも、その全てが音楽で表現されたその世界観は圧倒的だった。
もっと良いあらすじは以下で。

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今回書きたいのは、この小説の結末から、私が個人的解釈として感じ取った社会のリアルについての雑記みたいなものだ。
ここからネタバレになる。未読の方は気を付けていただきたい。

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この小説は、コンテスト本選結果の一覧をもって終わりを告げる。
優勝はマサル。2位は亜夜。3位は塵。明石は3次予選の進めずに検討賞と特別賞という結果だ。
小説の中でいくつか、その先の物語を予期させる記述もあったが、エピローグも一切ない。

この結末は、読み終わった直後は
『救いがないな』
と思ってしまった。
これは天才たちの物語だった。
しかも、きっと王道少年漫画ならこういう結果にはならないだろう。
少なくてもマサルの優勝はない。
天才少女の帰還か、終始その天才っぷりが書かれ続ける塵の栄冠か、はたまた生活者の音楽という最も普通に近い明石の大逆転勝利かといった展開になるだろう。 

でもそうはならなかった。
最もありえた結果。
小さな頃から、その才能を磨き続けたマサルの優勝だ。 

この結果に、読み終えた直後は救いがないと思っていたが、よく考えれば、むしろこれがリアルだし、ここに希望もあるのではないかと思い始めた。 

マサルが勝った理由は、その才能を地道に磨き続けたからではないか。
そして今後の未来にも思いを馳せ、最も具体的なビジョンを描いていたからではないか。
天才たちにはそれはなかった。
亜夜は過去の中での葛藤を続けていたし、塵は壮大すぎる夢の中に生きていたと言えるかもしれない。

その2人に比べると、マサルの地に足ついた人生は、最も賞賛に値するように思えてくる。
天才だから勝つのではない。
最も大事なのは、そこに至るまでの何を考えて、何をなし続けてきたかだ。
その点について、今回の物語においてはマサルが最も優れていた。
もしも、この次のコンテストがあったとすれば、その時は全くわからないが。

そして、それを踏まえた上での、明石の結果だ。
2次予選が突破できなかったにもかかわらず、賞をもらえた明石の姿は、救いとも感じた。
年齢がベテランの域であっても、練習をする時間が少なくても、それで結果が決まるわけではないんだというのは、勇気をもらえる。

ただ、もっとシビアな現実もある。
明石も含めて、登場人物は、皆入るだけでも大変と言われる音大に関係がある人達だった。
それだけでも十分"天才"かもしれない。
その上で、この物語でフォーカスを当てられなかった人達もたくさんいるということだ。
この業界の熾烈な競争については折に触れて描かれている。
食費を切り詰めても、何をしても、1次予選落選の人達もたくさん居たのだろう。 

 

これらは全て社会のリアルだ。
結局成功者に最も多いのは、才能と金を持って人生を歩んできた人たちであることには間違いないだろう。
才能がある人が努力を続けていれば、同等の才能を持っていても敵うわけがない。
そこはどうしたって変わらない。
それだけ重ねた努力の差というのがあるのが、事実。
それでも明石のように、逆境の中でも己の人生を最大限に生かして戦って結果を出す人がいるんだというような希望を持って、日々を生きていく人々がいるのもまた事実。
血のにじむような努力が、全く結果に繋がらない人がいるのも事実。
そんなことを全く考えずに、日々を生きている人がいるのも事実。
それだけ、人の人生は様々だ。

 

しかし、天才だってこれだけ大変なんだというのをまざまざと見せつけられた。
では、凡人は一体どうすればいいんだろう。

ある人は、そのままのお前でいいじゃないか。
ある人は、つべこべ言わず努力しろ。
またある人は、、、
『天才を殺す凡人』なるビジネス本もある。
これはこれで、天才・秀才・凡人について、示唆に富む内容だ。

天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ

天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ

 

 
でも、まだ、どうしても、自分が納得できる解が未だ見当たらない。
諦めが悪く、往生際の悪い自分は、これからも迷いながら、天才に嫉妬しながら生きていくのだろう。

 

なんか夢がないじゃないか。
そう思う自分がいないわけではないが、これでいいんだと私は思う。

このリアルを乗り越えて生きていく先に、予想だにしない未来があるのかもしれないのだから。

 

本編とは全く関係ないかもしれないし、著者も意図は全くないかもしれない。
でも、こんなことをこの小説を読んで考えた。