選択の痕跡

音楽・テクノロジー・哲学

Native Rapperの「TRIP」は明日も生き抜くための勇気を貰える1枚。

2019/3/13に、Native Rapperの1stアルバム「TRIP」が発売された。

www.trekkie-trax.com

 

自分も非常に期待していた1枚であり、注目されていた1枚だったと思う。 

しかし、同日には2019年の顔になりうるTHE NOVEMVERSのアルバムや、その他も君島大空等の注目のアーティストのリリースが目白押しだったことに加え、ピエール瀧の逮捕まで重なってしまった。

特に後者は、内容が内容なだけに、音楽業界全体に重い空気感をもたらしている。

これにより、思ったよりもこの1枚は、話題にならなかった印象がある。

しかし、それとこれとは話が別だ。

Native Rapperの「TRIP」はもっと聴かれるべき、もっと聴かれてほしい1枚である。

効果はそんなにないだろうけども、感想をここに残すことで、少しでもリスナーが増えて、この音が流れることに貢献できればと思う。

open.spotify.com

 

 

Native Rapperは、今、自分が最も好きなアーティストの1人である。

そのアーティストが出した、既発曲も含めて、"これまで"と"今"、そして"これから"が詰まっている1枚は紛れもなく傑作だと自分は思う。

 

Native Rapperの特徴の一つは、とにかく踊れることだ。

彼の曲は漏れなく踊れる。めちゃくちゃ踊れる。

前作「Keep It Real」で切り開いたブラス色は、今作ではさらに進化している。

新曲ではフューチャーベース感も強くなり、その音はさらに強靭になっている。

本当に多種多様な電子音が溢れているのだが、それを意識させないほど身体に、そして脳に馴染む。 

 

彼のもう一つの特徴は、その生活に根ざした言葉と、決して気張らない自然体の歌である。

あえて他のアーティストに例えてみるならば、tofubeatsのようにオートチューンをかけながら、VaVaのように日々の生活を歌うのが、Native Rapperというところだろうか。

ここでふと考えたが、Native Rapperの由来はなんだろうか?

知らない人が聴けば、なんかすごいラップをしそうなアーティストだと思う名だが、その実、奏でるのは万人に響き得るメロウなポップスだ。

そこで勝手に解釈してみると、こんなことなのかもしれない。

ネイティブ=人の根源に根ざす

ラッパー=詩人

で、「人の根源である感情や、人を形作る日々の生活に根ざす歌を歌う人」というところではないだろうか。

彼は、全ての制作を1人で完結させる。

彼は、眼が見える、手が届く、半径5メートルの世界を歌うのだ。

断定せずに、彼なりの小さな世界を作り上げていく。

決して、素晴らしい夢を語ったり、壮大な世界観を歌うのではない。

日々の生活の中で、ちょっとした出来事や、ふとした感情を、少し違った観点から描く。

これぞポップスなのだと思う。

 

彼の音楽は、そういった身近な世界を歌うことで、日々の素晴らしさを教えてくれる。

そして、明日も生き抜く勇気をもらえる気がする。

でもどう生きるかは結局自分次第だって?

そんなことは百も承知だろう。

だからこそ、押し付けず、でも諦めの態度ではない。

なかなか思い通りにいくわけではないけど、明日も一緒に楽しもうぜ、と音と言葉が伝えてくれている。

そんな風に、この1枚を聴いていて、いつも思う。

めちゃくちゃかっこいい事を言ったり、度肝を抜くような音があるわけではないけど、逆にちゃんと「今、ここ」から接続されている感覚がある。

「今、ここ」を肯定するこの空気感は、毎日が不安定で、不確定で、複雑で、曖昧なこの時代に良く馴染むのだ。

 

でも、そういった数多の文脈や情報なんか置いといたとしても、彼の音を聴けば、いつだって胸が騒ぐし、心が踊る。

そんな音楽を聴けているだけで、私は幸せなのだろう。

 

 

以下、全曲の感想を書いていく。

とはいえ、自分の語彙力ではこの1枚の良さを表現しきれないので、各曲の印象深いフレーズを引用させていただく。

また合わせて、時折相当勝手な個人的解釈を混ぜさせていただくことをご容赦いただきたい。

少しでも引っかかるものがあれば、是非聴いていただくよう、お願いしたい。

 

M1. intro~M2. TRIP

冒頭のイントロから、スムースに表題曲に「TRIP」へと移る。

低音が響き渡る。もう既にこれだけで踊れる。

 

この表題曲は、キラーチューンというよりはスルメ曲の印象である。

比較的シンプルな構成だと思うが、派手なシンセフレーズと低音の響きでまさしくトリップできる。

直面している現状と、理想の未来に思いをはせる。

その狭間で揺れる感情が描かれた1曲だと解釈した。

とても詩的で、情景が浮かんでくる、素敵なフレーズが溢れる曲だ。

息を吸い込んで笑いあって

粋な人生って確かめあった

たどり着いた夜が重なって

思い出した日々が染まるように 

 

M3. Swag Girl

今回のリリースからはSpotifyのプレイリストにも曲が入っていたが、表題曲ではなく「Swag Girl」だった。

その意味合いは、聴けば分かる。まさにキラーチューン。

音も言葉もキラーフレーズだらけ。ブラス感も随所にあり、曲を彩っている。

「swag」とは「やばい」や「めっちゃかっこいい」のスラングであり、曲名に負けないSwagな一曲となっている。

音が最初から最後まで動きまくりの展開であるが、抑揚もある。

あまり使わないようにしているのだが、「エモさ」が爆発しているとしか言いようがない。

これぞNative Rapperという1曲だ。

swag girl 君となら swag girl うまくいくはず

ほんの少しのユーモアとダンスで どこへだって超えていける

いわゆる洒落たライフじゃないけど、ときどきアクセントをつけて

ときには思い切り踏み切って どこまでもどこまでも飛んでいこう 

 

M4. My Billiards Bed

冒頭のチルな鍵盤からダイナミックなメロディが非常に印象的。

ビリヤードに例えられたのは、恋愛模様だろうか。

キューがボールを弾く音も織り交ぜながら、非常にチルな一曲に仕上がっている。

チルい展開を見せながら、最終盤では、バスドラ連打で盛り上げるところが憎い。

ため息はハッと声高く

喜びはキュッと噛み締めて

不健康で ya ya 文化的な

最低限度の贅沢な生活 

 

M5. Rainy Dance

タイトル通り、これは雨に関する曲だろう。

とすると、これはNative Rapperなりの雨の音の表現なのかもしれない。

とにかくこれでもかと、乱れ飛ぶ音の数々。

雨の憂鬱を弾き飛ばすエネルギーを感じる一曲だ。

濡れないように 泣かないように

君は傘をさしてくれますか?

閉じないように 枯れないように

私の傘も 今咲きにゆく

 

M6. Passion Fruit

パッションフルーツのフレーズで構成された一曲。

ゲーム音楽で使われそうなシンセ音が終始動き回るのが印象的だ。

日々の生活をパッションフルーツを繋いでいく。

甘酸っぱい音というのはこういう音なのかもしれないと思わせる。

夜を跨ぎ 朝に貢いで

こんな日くらいグルーヴに呑み込まれたい

まだ知らない酸味と甘み

吐き出した種で踊らせて

 

M7. Grand Melodica feat. ゆnovation

イントロを除けば、唯一のインスト曲である。

トラックメイカー兼鍵盤ハーモニカ・プレーヤーである、ゆnovationとのコラボだ。

まず曲名が素晴らしい。

「Grand Melodica」って、もう、その字面と響きだけで、絶対いい曲だろと思わせる。

逆に曲名がハードルを上げすぎてしまうパターンもあるが、この曲はやはり期待を裏切らなかった。

ゆnovationの鍵盤ハーモニカがこれでもかと、メロウなフレーズを奏でまくる。

そして、それを支えるNative Rapperのトラックだが、ただ支えているだけでなく、時折負けじと反撃し、激しいメロディの殴り合いも見せる。

これが「グランドメロディカ」か。

音が歌ってるよ。

 

M8. Like a Swimming Pool

タイトル通り、スイミングプールに関するメタファーで展開されていく一曲。

地声に近いキーでのヴァースのフロウが際立つ。

複雑なリズムがしっかり決まっており、カッコいい。

テンポがとりわけ速いわけではないと思うが、音もラップも先へ先へと急くようなスピード感がある。

迷いながらも、躓きながらも、少しずつでも夢へと近づいていく姿勢を描いた1曲。

あの街まで 片手ずつ

あの街まで 片手ずつ

腕を掻く 腕を掻く

夢を描くように

 

M9. 今更 feat. lulu

既発曲であり、女性SSWのluluとの共作。

ここまで怒涛のように続いていたシンセ感は比較的落ち着き、2人のラップの掛け合いが前面にフィーチャーされている。

現代的な恋愛がテーマな1曲だが、詩の世界観がとても良い。

映画みたいな恋がしたくなったとあるが、映画みたいにドラマティックでスリリングな展開を見せる1曲。

現状維持を望んでも

思いがけず前進んだ人生を

君の体温が私に移る

growing apart

他人(ひと)には分けられないから

いきていくことの鈍痛を だから

1人で眠るのに慣れないで

growing apart

 

M10. Water Bunker

こちらも既発曲。最も人気のある曲かもしれない。

日々訪れる苦難をゴルフに例えた1曲。

ヴァースの抑えめの停滞感から、フックで高揚していく感覚がたまらない。

洒落た格好で夢を見ていた

底抜けに明るいフロアで

夜の砂漠 朝の海も

乗り越えたい ブレイクビーツ

 

M11. Keep It Real

こちらも既発曲。

個人的にはNative Rapperの曲の中で、最も好きな曲かもしれない。

ピアノと語りで始まるこの曲は、語りの雰囲気から感じ取れるように、日々の不安感と闘う1曲だ。

ブラス、ピアノ、シンセが絶妙なバランス感覚で音を奏でながら、日々の生きづらさを音楽でなんとか乗り越えようとする。

最終盤の四つ打ちパートは、最高に胸に響く。

誰だって多少の代わりたい願望で

ちょっとお洒落してみたり

ずっと変わんねぇなって誉め言葉うけて

「らしくありたい」と思ったり 

 

M12. To Be Next

実質この1枚をの最後を飾る1曲である。

浮遊感ある音とフロウで、短めの長さの1曲ながら、この1枚の空気感を最もダイレクトが伝わってくる。

何がどうあれ、日々は続いていくのだ。

それなら、楽しくやろうぜ。

目の前の幸せ感じとって

膨らませたガムで包み込んで

最近どう?何かやれそうだね

ならパーっと行こうぜ

 

M13. Passion Fruit (Soleil Soleil Remix)

最後はSoleil Soleilのリミックス。

この界隈は誰も彼もセンスが良い。

よりカラフルさが強調された印象。

 

 

ここまで読んでいただいた方には、ぜひ他の記事も是非読んでいただきたい。

もっとNative Rapperについて知ることが出来るだろう。

block.fm

senotic.hatenablog.com